娘は時々、手紙書いてくれました。
1回目のプチ家出
中学入学して、急激に、娘は酷い反抗期に突入しました。
娘が中1の頃、娘激しいバトルになり、私は初めてのプチ家出しました。
最初の1回はさすがに娘も心配したらしく・・・
早く帰ってきて。
ママが消えた。
・・というメールをダンナに送ったそうです。
帰ると、「おかえり」というメモが私ベッドの枕上に置いてありました。
「・・・」
「すぐに帰ってくると思ったけどね。大事なお洋服全部置いていったから。」
・・・と娘は言いました。
「おかえり」というメモは反抗期真っ只中だった娘の精一杯の手紙だったのかもしれません。
反抗期真っ只中のプチ家出
1回目のプチ家出以来、何度もプチ家出をしましたが、2回目以降は、娘が心配する事はありませんでした。
娘とのバトルが過熱すると、娘暴言も止まらなくなったので、その場にはいられなくなって、クールダウンする意味で私は家を出て、近所をウロウロしました。
どうしても、家にはいられませんでした。
踏切を通ると、以前は気がつかなかった「いのちの電話」という看板に目が止まりました。
何となく、1、2時間、踏み切りの近くにいました。
行く場所がなくて、家には帰りたくなくて、吸い込まれそうになりました。
高校入試の日のプチ家出
中3の時、娘は私立高校単願で受験しました。この時期は、反抗期の休戦期間のようなものでした。
娘が中3の高校入試の後、娘とバトルになりプチ家出をしました。
私がプチ家出から帰ると、こんな手紙をくれました。
いつも私の幸せのためにがんばってくれてありがとう。
感謝しています。
高校へ行ってもよろしくね。
勉強もついて行けるよう
がんばるよ。
・・・ところが、この手紙は見事に口だけで、高校に入学した娘はますます勉強しなくなり、1学期の期末テストでは、赤点を9教科も取ってしまい、留年の危機を宣告されました。
お泊りに行くと言って娘が家を出る
娘が高校生になって彼氏ができて、今度は娘が手紙を置いて、家を飛び出してしまいました(詳しくはこちら)。
私は必死に娘を追いかけ、「家出をするの?」と娘に聞いてしまいました(詳しくはこちら)。
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