ままへ
おたんじょうびおめでとう
これからもよろしくね。
そしてパパをどんどんむかしのパパになおすようにふたりでがんばろう。
大すきだよ。
○○より
ダンナが突然退職した日には、こんな手紙を書いていました。
==>ダンナが退職した日、娘がダンナに書いた手紙
2通の手紙からは、当時の娘はパパが大好きで、家族仲良く暮らしたいという気持ちが痛い程、伝わってきました。
==>2度目の離婚話でダンナが語った内容
何故離婚話に至ったか、詳しい事は覚えていなかったり、わかっていないようでしたが、娘は離婚話を覚えていました。
娘が中3、4月頃、娘はダイエットをしていました。そして、キッチンに立ち入る事が多くなりました。
イヤフォンをしながらキッチンに入るのですが、そのコードがフライパンなどにひっかかりそうで危ないのです。
週末、ダンナが注意したら逆ギレされました。
そして、やはり危ないと思って注意したら、私も罵倒されました。娘が言うことを聞かないので私がイヤフォンを没収しようとしてもみ合いになりました。
娘が小学生の頃、私がダンナに離婚を切り出された事まで指摘されました。
あの時はダンナが必要でダンナにすがりついたわけではなく、娘の手紙で娘がパパを必要としている事が痛い程伝わってきたのと、小学生になってからすでに問題を起こしていた娘をひとりで育てる自信がなくて、私は演技をしたのです。娘にはオープンにしようと思って、パパは心の病気で離婚したいと言ってるけど、ママは家族仲良く暮らしたいたいというような事を娘に話しました。
ダンナは失業手当をもらって何十社も就職試験に落ち、日雇い労働を経て、ようやく働ける会社が決まった頃でした。精神科に通って物を投げたり暴れたりするダンナと離婚を考えなかったわけではありません。
でも、娘のために家族をやり直そうと決意して、離婚しない道を選んだのに、「離婚しようと言われたくせに」、なんて言われると、ショックでした。
そして、娘とのバトルはエスカレートしていきました。
お互いに傷つけあうために・・・
あの頃離婚していたら、当然私が親権をもらっていたけれど、反抗期の娘を、私はもう育てられない。手に負えない。母親失格かもしれませんが、この精神状態で、ひとりで背負って、育てていく事はできない・・・
・・・そう思いました。
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