ほぼオール2だった娘と、ほとんどの教科が5でも父に怒られた私の過去
現在住んでいる分譲マンションは娘が1歳になる前に引っ越してきたのですが、前のマンションから持ってきた物で、引っ越してから一度も開けていません。
箱を開けると、中3の12月31日から書き始めていた自分の日記が入っていました。
中3の私の日記から
父の勉強しろというのはもううんざりだ。そんなに勉強できるやつは立派なのかっていいたくなるけど、言う元気もなくなってしまうほど
勉強できなくてもできる人より立派な人はこの世の中にたくさんいる
「あんなに怒ることないじゃん」妹のひと言
どうしてはっきり言えないんだろうと思った
私は娘と違って勉強していなかった訳ではないし、妹より成績は良かったし、高1になってからの日記では、100点取ったとか書いてありました。
英語の単語を知らなかったりすると「こんな事がわからないのか」と怒られた事もありました。
妹は怒られないのに、妹より成績が良かった私だけ父に怒られました。
両親が決めた高校で、ほとんどの教科で90点台とか取っていたし、実際はそんなに悪い成績は取っていませんでした。
勉強の事で怒られる時もちょっと怒られるというレベルではなくて、怒鳴るとか、馬乗りになって首を絞められた事も2回ありました。
高2、高3では、ほとんどの教科は5でした。勉強の事で父に怒られたのは、中3から高1、高2頃だったと思います。
自分の日記を読んで、勉強の事で父に怒られた自分の過去を思い出しました。
そして、勉強をしない娘を怒り続けた私。
皮肉な話だと思いましたが、娘が勉強しないというレベルは全く違いました。
娘はノー勉で定期試験に挑む事もあるくらい本当に勉強しませんでした。
私と娘の性格は対極にあるし
私と父の関係、娘とダンナの関係も対極にあるような気がします。
ダンナは基本的に無関心、触らぬ神に祟りなしという感じで、娘に勉強を教えた事は1度もありません。
その反面、娘を殴ったとか、叩いた事もありません。
甘やかしすぎて、「ママに内緒」と言って物を買い与えたり、ゲームを教えたり
本当に私の父とダンナは正反対でした。
父は年を取ってから丸くなり、娘が生まれてからは公園に連れて行ってくれたり、娘がインフルエンザに感染した時、母とローテーションを組み娘を預かってくれました。
震災の時、私は帰宅難民になり、電話も通じず、翌朝まで一日娘と連絡が取れなかったのですが、父は娘をマンションや小学校に探しに行ってくれました。
娘にとっては優しくていいおじいちゃんです。